グラウバー模型

ここでは高エネルギー重イオン衝突の初期条件として用いられるグラウバー模型について取り扱う。

1. 光学グラウバー模型

単にグラウバー模型というと滑らかな確率分布である光学グラウバー模型 (optical Glauber model) を指す。

核子分布

$A$ 個の核子からなる原子核 $A$ があるとする。 核子の数密度を $\rho_A(x, y, z)$ と書くことにする。 これを全空間で積分すれば核子の数 $A$ になる。

\int \rho_A(x, y, z) d^3x &= A.

核子1つ1つの位置分布は独立とすると、 核子1つを選んだときのその位置の確率分布は $\rho_A/A$ で書かれる。 また、$\rho(x,y,z)$ の具体形は Woods-Saxon 型のパラメータ付けをすることが多い。

\rho_A(x, y, z) &\approx \rho_{WS}(r).

厚み関数

原子核$A$に粒子を入射するとき、一般に原子核$A$に含まれる複数の核子と散乱しうる。 この時、入射粒子がほとんど運動量 (向きと大きさ) を変えずに次々と核子と散乱するとする (cf アイコナール近似)。 横位置 $\bm{x}_T$ から入った入射粒子が感じる "厚み (thickness)" は、その横位置における原子核 $A$ 内の核子の数で書かれる。

T_A(x, y) &= \int \rho_A(x, y, z) dz.

散乱断面積

散乱断面積の定義について改めて確認する。 粒子1と粒子2の散乱を考える。単位面積あたりの衝突回数 $\rho_\text{coll}$ を考えたい。 単位面積あたりの入射粒子の数密度をそれぞれ $\rho_1$, $\rho_2$ とする。 或る面積 $S = dx dy$ に入射する粒子の数は、それぞれ $\rho_1 S$ 個、 $\rho_2 S$ 個である。 粒子1と粒子2が一個ずつ $S$ に入った時の散乱確率を $p(S)$ とすると、 $\rho_\text{coll} S = p(S)\cdot(\rho_1 S)\cdot(\rho_2 S)$ になる。 これより、$p(S) \propto \sigma_{12}/S$ の形であり、比例係数 $\sigma_{12}$ は面積$S$に依らず衝突する粒子の種類のみによると分かる。 この比例係数$\sigma_{12}$は面積の次元を持ち、実際に剛体球の古典散乱の場合には剛体球の断面積に一致する。 この比例係数$\sigma_{12}$を散乱断面積 (cross section) と呼ぶ (ただの名前である。剛体球以外の場合には何の "面積" なのか考えても仕方がない)。 まとめると、

\rho_\text{coll} &= \sigma_{12} \rho_1 \rho_2. \label{eq:cross-section-def}

重なり関数と衝突回数

原子核$A$と原子核$B$の衝突を考える。 原子核$B$についても核子密度や厚みを$A$と同様に定義する。 衝突をそれぞれの原子核の中に含まれる核子同士の散乱と考えて、 式$\eqref{eq:cross-section-def}$に当てはめて核子同士の散乱の回数を求める。 特に、衝突係数$b$の衝突を考えたいので、 原子核$A$の厚み$T_A(x,y)$を$+b/2$だけ$x$軸方向にずらし、 原子核$B$の厚み$T_B(x,y)$を$-b/2$だけ$x$軸方向にずらしてそれぞれ入射密度$\rho_1$, $\rho_2$とすると、

\rho_\text{coll}(x,y) &= \sigma_{NN} T_{AB}(x,y), \\ \text{where}\quad T_{AB}(x,y) &:= T_A(x-b/2, y) T_B(x+b/2, y).

但し、原子核内の核子同士の散乱断面積を$\sigma_{NN}$としたが、これは直接測れない。 実際には核子同士(陽子同士)の非弾性散乱断面積に近いだろうと思ってそれで代用する。

\sigma_{NN} \approx \sigma_{inel}^{pp}.

また $T_{AB}$ を重なり関数 (overlap function) と呼ぶ。 衝突の回数は全空間で積分すれば得られる。

N_\text{coll} &:= \int \rho_\text{coll}(x,y)dxdy.

関与した核子の個数

1回以上衝突を起こした核子を関与した核子 (participant nucleon) と呼ぶ。 因みに1回も衝突を起こさなかった核子を傍観者 (spectator) と呼ぶ。 原子核$A$の中の関与した核子の密度を $\rho_\text{part}^A(x,y)$ と書く。 ここではそれを $T_A(x,y)$, $T_B(x,y)$ を用いて書き表す。

原子核$A$の中の1つの核子$a$に注目する。 この核子が位置 $(x, y)$ にいるとする。 原子核$B$の中の或る核子$b$に注目するとその確率密度は $T_B(x,y)/B$ で与えられる。 核子$a$にとって、核子$b$と衝突する確率は $\sigma_{NN} T_B(x,y)/B$ である。 原子核$B$の中の他の核子と衝突する確率も同様である。 核子$a$が1回も衝突しない (原子核$B$の中の$B$個あるどの核子とも衝突しない) 確率は、

\biggl(1-\frac{\sigma_{NN}T_B(x,y)}{B}\biggr)^B

になる。従って、横位置 $(x,y)$ における、原子核$A$内の関与した(つまり1回以上衝突した)核子の数密度は、

\rho_\text{part}^A(x,y) &= T_A(x,y)\cdot \biggl[1 - \biggl(1-\frac{\sigma_{NN}T_B(x,y)}{B}\biggr)^B\biggr].

原子核$B$の中の関与した核子の密度 $\rho_\text{part}^B$ も同様に計算できる。 関与した核子密度の合計は、

\rho_\text{part}(x, y) &:= \rho_\text{part}^A(x,y) + \rho_\text{part}^B(x,y)

で与えられ、合計の関与した核子の数は

N_\text{part} &:= \int \rho_\text{part}(x,y) dx dy

で与えられる。

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